目次
日本で行われている人工妊娠中絶法
人工妊娠中絶で最も重要なことは、母体の合併症を起こすことなく、安全に処置を行うことです。
このページでは、現在日本で行われている人工妊娠中絶の方法と当院で行っている方法について解説します。
現在、日本で行われている手術は以下の4つに分類されます。
① 全身麻酔+掻把法
② 全身麻酔+電動吸引法もしくは手動吸引法
③ 局所麻酔+手動吸引法
④ 経口中絶薬(メフィーゴバック)
①の全身麻酔+掻把法は昔の手術方法であり、危険が高い方法のため現在では行っている施設が少なくなっています。
②の全身麻酔を用いた吸引法は現在の日本で最も多く行われている方法です。全身麻酔では痛みを取ることができないので、術中に痛みを感じていることを忘れさせるために麻酔薬による深い鎮静が必要になります。手術に関して不安が強い方、眠って手術を受けたい方には適していますが、全身麻酔による呼吸停止のリスク、麻酔の影響で帰宅が遅くなる。麻酔から覚めた後の痛みの問題などのリスクがあります。
③WHOが推奨しているMVAを用いた手動吸引法は局所麻酔だけでの手術が可能です。解剖の知識と局所麻酔のテクニックが必要になるため、処置できる医師が少ないのがデメリットですが、全身麻酔を使わなくても意識下の中で痛みを感じることなく手術を受けていただくことが可能です。医師や看護師とコミュニケーションをとりながら手術をするため安心であり、全身麻酔による呼吸抑制のリスクのない手術法です。
④2023年に日本で承認された経口中絶薬になります。手術を行うことなく、妊娠の中断ができる方法であり、治療の選択肢が増えたことは女性にとって望ましいことですが、現状ですと入院が必要になり、追加の手術が必要になることも多いです。2024年時点では、治療できる施設が限られますので内服薬での中絶を希望する方全員がこの治療を受けることができません。
全身麻酔+掻把法
D&C 法(dilatation and curettage)ともいわれ、昔から行われている中絶方法になります。全身麻酔をかけたうえで、子宮頚管を物理的に拡張し、鉗子と鋭匙という金属製の器具を用いて子宮内容を掻き出す方法ですが、盲目的な処置で術者の指先の感覚のみで行う施術のため、合併症のリスクが非常に高いことが知られています。さらに子宮内膜を掻把(掻き出す)することで子宮内膜が損傷し、将来の不妊につながるリスクがあります。人工妊娠中絶手術の最も危険な合併症である子宮穿孔のリスクが最も多い手法でもあります。鋭的な金属製の器具を使用するため、子宮穿孔した場合は腹腔内にある腸管損傷に繋がり、重篤な全身合併症へつながる恐れがあります。死亡事故も多く報告されているため、WHOも産婦人科医会も非推奨の方法になっています。そのため、現在はあまり行われなくなっています。
メリット | デメリット |
・安い(器具を滅菌・洗浄すれば何回も使用可能) ・筋腫や子宮奇形など、掻把法でしか処置できない症例がある ・子宮内遺残が少ない | ・出血が多い ・手術時間が長い ・局所麻酔での処置が不可能 ・子宮内膜の損傷による合併症 ・子宮穿孔のリスクが高い ・致死的な合併症が報告されている |
全身麻酔+真空吸引法
使う器具によって電動式吸引法と手動式吸引法(MVA)と呼ばれますが、真空吸引圧を使って子宮内容を除去するという方法は共通です。①の掻把法と比べて、合併症が少なく、現在最も多く行われている手術方法になります。
電動式は吸引装置を用いて金属の吸引嘴管で中絶を行います。下の写真ではAとBになります。
手動式吸引法(MVA)は使い捨てのプラスチックの装置を用いて中絶を行います。(写真のCとD)
産婦人科医会:早期人工流産(以下,妊娠12 週未満の人工妊娠中絶)について
電動式吸引法も手動式吸引法(MVA)も子宮内膜を掻き出すことなく子宮内容を除去することができるため、子宮内膜の損傷のリスクを最小に手術が行えます。ほとんどは、3-4回の吸引で処置が終わるため、短時間で手術を終了することができます。子宮穿孔のリスクが低くく、安全な手術方法としてWHOが推奨しています。
電動吸引式と手動式吸引法(MVA)の違いですが、電動吸引式の方が金属器具を洗浄して使いまわすことができるので、一般的にコストは安いですが、機械を準備する看護師さん器具のセッティングに慣れていないと必要な吸引圧が出ずにうまく処置ができないことがあります。また、金属製の器具を使用するため痛みが強いことと電動式の吸引装置になり大きな音が出てるため、全身麻酔を用いた手術が必須になります。
一方で、手動式吸引法(MVA)は一回使い切りのすべてがディスポーザブルキットなため、キット代分のコストが高くなってしまします。しかし、一回使いきりなので感染などのリスクはなく、やわらかいプラスチック製であるため、子宮への負担が少ないことと、疼痛が少ないために局所麻酔下での手術が可能です。キット代が高い分割高ですが、当院では合併症を起こさず安全に処置を行うことを第一にしているため、流産症例を含めてすべての子宮内容除去術、中絶手術に手動式吸引法(MVA)を採用しています。
メリット | デメリット |
電動吸引式 ・子宮穿孔のリスクが少ない ・手術時間が少ない ・子宮内膜への影響が少ない ・手動式吸引法(MVA)に比べてコストが安い | 電動吸引式 ・金属製の器具を使うため全身麻酔が必要 ・セッティングによって吸引圧が安定しない ・器具の使いまわしが感染のリスクになる |
手動式吸引法(MVA) ・子宮穿孔のリスクが少ない ・手術時間が少ない ・子宮内膜への影響が少ない ・やわらかいプラスチックなので愛護的な処置 ・ディスポーザブルキットのため、感染症のリスクがない ・局所麻酔下での手術も可能 ・吸引圧が一定のため、再現性の高い手術 | 手動式吸引法(MVA) ・コストが高い |
局所麻酔+手動吸引法(MVA)
局所麻酔のみで手術を行う方法になります。局所麻酔は、傍子宮頚管ブロックといい、子宮に分布する痛みを感じる神経をブロックする麻酔法で行います。痛みのない手術として、WHOが行うべき麻酔法として最も推奨している手術方法ですが、詳細な解剖学的知識と局所麻酔法に関わる技術がないと試行が難しい方法です。さらに、電動吸引法ではなく、手動吸引法を使うことで、痛みを感じることなく、最小の侵襲で手術を終えることができます。当院で行っている手術のほとんどがこの方法を用いていますが、患者さんのほとんどは痛みを感じることなく安全に手術を行うことができています。全身麻酔を使うことがないため、手術後の嘔気やふらつきがなく、すぐに帰宅することができるなどの多くのメリットがあります。様々な意見や考え方があるとは思いますが、中絶手術だからといって、患者さんが痛みや苦痛を経験する必要はないと考えます。手術の不安が強いため、眠っているうちに手術を終えたいという方にはやや不向きな方法かもしれませんが、痛みや苦痛のない安全な手術を目指す当院はすべての症例をこの方法で行っています。
静脈麻酔法と傍子宮頚管ブロック法の違い
多くの施設 | 当院推奨 | |
麻酔方法 | 静脈麻酔のみ | 傍子宮頚管ブロック |
痛み | 大 | 小 |
吐き気、ふらつき | 大 | 小 |
意識 | なし | あり |
帰宅時間 | 遅い | 早い |
呼吸抑制のリスク | 大 | 小 |
WHOの推奨 | 推奨しない | 推奨 |
経口中絶薬(メフィーゴバック)
多くの国や地域で使用されている経口妊娠中絶薬ですが、日本においても、社会的な関心が高く、その適正使用や承認に関しては慎重に審議されていましたが、2023年4月28日に国内で初めて経口投与の人工妊娠中絶薬であるメフィーゴパック(ミフェプリストン/ミソプロストール)の製造販売が厚労省に承認されました。そのため、日本ではまだまだ臨床経験の少ない中絶方法になります。内服方法は以下の通りで、母体保護指定医師のみが処方可能で、指定医師の目の前で内服する必要があります。
ミフェプリストン錠1錠(ミフェプリストンとして200mg)を経口投与し、その36~48時間後の状態に応じて、ミソプロストールバッカル錠4錠(ミソプロストールとして計800μg)を左右の臼歯の歯茎と頬の間に2錠ずつ30分間静置する。30分間静置した後、口腔内にミソプロストールの錠剤が残った場合には飲み込む。
厚生労働省:いわゆる経口中絶薬「メフィーゴパック」の適正使用等について
また、安全に中絶をするため、そして悪用を防ぐために経口中絶薬(メフィーゴパック)には厳しい使用上の制限があります。
- 入院施設で処置を行う必要があり、内服後は胎嚢が排出されるまで入院または院内待機が必要。
- 母体保護指定医師のみが処方可能。指定医師の確認の元で内服する。
- 妊娠9週0日未満にのみ適応
上記の通り、入院しながら内服して人工的に流産するのを待つ必要があります。内服で中絶ができるといわれると、簡単な印象がありますが、実際には、
- 内服を始めてから中絶が完全に終了するまで時間がかかる
- 成功率は9割程度で残りの1割は外科的処置が追加で必要になる
- 下腹部痛や嘔吐の副作用が多い
- 排出された胎児をみてしまう可能性がある
- 悪用されるリスクがある
- 現状、一部の医療機関でしか治療が行えない(石川県にはありません)
などの多くの課題があります。しかし、麻酔や手術侵襲を回避しえるなどの大きなメリットもあり、安全に中絶する方法の選択肢で増えたことはよいことだと思います。
メリット | デメリット |
・手術や麻酔を回避できる ・子宮内膜の損傷リスクが最も少ない ・子宮穿孔などのリスクがない | ・内服から排出まで時間がかかる ・腹痛や嘔吐の副作用が多い ・出血が多い ・入院や院内待機が必要 ・悪用される危険がある ・1割の不成功例は追加手術が必要 ・排出された胎児を診ることのメンタルへの影響 ・処方経験のある医師がほとんどいない |
日本でも製造承認されたことで経口妊娠中絶薬に関心を持たれている方も多いと思いますが、海外の通販サイトなどで個人輸入して内服するのは絶対にやめてください。現在、ミフェプリストンは個人輸入禁止薬物として規制されていますし、個人で中絶薬を輸入して内服すると刑法堕胎罪に問われる可能性があります。※過去、個人輸入で使用した妊婦が堕胎容疑で書類送検されたケースあり。必ず、母体保護指定医師に相談するようにして下さい。
当院の手術方法と当日の流れについて
- 当院では傍子宮頚管ブロック+MVAで手術を行っています
- 局所麻酔下でのMVAを用いた手術は最も安全であり、痛みが最も少ない方法になります【WHO推奨】
当日の手術の流れ
- 子宮頚管を拡張する必要がある方は手術2時間前に来院していただき、子宮頚管拡張をゆっくり行います。
- 子宮頚管が拡張していることを確認したところで、局所麻酔を行って手術を行います。
- 麻酔の痛みはほとんどなく、手術中の痛みもまったくないか月経痛程度の痛みの範囲です。
- 手術は10分程度で終わります。この間、患者さんは意識がある状態ですので言葉でコミュニケーションをとりながら手術を行います。
- 手術後は全身麻酔を使用していないため嘔気やふらつきなどの症状はほとんどありません。
- 念のため、1時間程度院内で待機していただき、最後にもう一度診察をして異常がないことを確認してから帰宅していただきます。
- 前処置から手術~ご帰宅までおよそ2~4時間程度の目安になります。
まとめ
さまざまな意見はありますが、中絶が必要な方に安全に手術を遂行することは、女性の健康を守る産婦人科医としての大切な仕事の一つだと考えています。医学的な根拠に基づく安全な手術、患者さんの苦痛に配慮した痛みのない手術を行うことが大切です。
投稿者プロフィール
- 大学病院で10年以上、診療と研究に従事してきました。産婦人科だけではなく、尿漏れや頻尿などの女性泌尿器疾患、高血圧や脂質異常症などの女性の生活習慣病の予防治療に力を入れています。漢方マニアです。美容医療が趣味で自分にもいろいろ試しています。当院では、自分がやってよかったと思える美容医療だけを厳選して提供してます。なんでもご相談下さい!
最新の投稿
- 婦人科2024年10月10日10月以降の子宮頸癌ワクチン接種のポイントと最新情報
- 医療脱毛2024年8月18日介護脱毛の重要性と医療脱毛の普及について
- しわ・小顔治療2024年8月12日表情ジワに対するボトックス治療の魅力と効果
- 医療脱毛2024年7月28日産婦人科医が勧めるVIO医療脱毛のメリットとその重要性