金沢医科大学産婦人科を退職

 こんにちは。坂本です。最後の二日連続当直も終わり、金沢医科大学での私の勤務もすべて終わりました。荷物を整理しているとこの10年間のいろんな記憶が浮かんで来ます。

 今でこそ産婦人科に入ってくれる若手の医者が少しずつ増えてきましたが、私が入局した時は全国的に産婦人科医師不足が社会問題になっている真っ最中でした。私が入った金沢医科大学の産婦人科医局も10年入局者がいない破滅的な状況だったこともあり、『産婦人科に入局するのでよろしくお願いします』と挨拶にいったのに全然信用してもらえず、『坂本は絶対最後に裏切って他の科に入局する』って研修医の最後まで疑われていたことを後で知りました笑。

 私にとってラッキーだったのは、10年間も入局者がいなかったおかげで若手〜中堅の医者がまったくおらず、専攻医の頃から症例と上級医の指導を独り占めできたことでした。それはそれで大変なときも多々ありましたが、患者さんを治療するためにひたすら目の前のことを必死でこなしてきた10年間余りでした。

 そういえば、私が専攻医の時に某大学の某教授に「坂本君、患者の一番の予後因子はなにかわかるかね?」と質問されてわからないと答えると、「患者の一番の予後因子、それは主治医だよ。主治医はそのつもりで治療に当たらなければならない。」と教えてもらったことがずっと自分の胸の中にあります。【患者さんの一番の予後因子は主治医】その言葉は私たち医師にとって本当に重たい言葉です。手術の腕や知識だけの問題ではありません。どんな素晴らしい治療でも100%の治療はないし、どんなにがんばっても悪い経過を辿る一方の患者さんも、どうしてもいます。病気と診断されて不安いっぱいの患者さんに、「ここからは先の見えないトンネルではあるけど、このまま進めば出口に近づける、もっと明るい場所に出れるはずだから不安かもしれないけど一緒にがんばって進みましょう。」そんなハートで患者さんに関われる医者になりたいと思ってこれまでやってきました。

 産婦人科は肉体的にも精神的にもハードでつらいこともありましたが、自分としてはやめたいとか思ったことは一度もなかったです。【患者さんの一番の予後因子は主治医】と考えると、どんな大変な仕事でもやりがいしか感じなかったし、医者の仕事がただ楽しかっただけでした。好きなだけ医者の仕事に打ち込める環境と支えてくれた家族には感謝の気持ちしかないです。

 大学病院を辞めるときには給料の安さや仕事のきつさが嫌で辞める人が大半だと思いますが、私はそんな大学病院もめちゃくちゃ楽しかったです。今回、開業することにならなければ、きっと大学病院の勤務医を続けていたと思うし、今からまた専攻医に戻れるなら医科大の産婦人科に入局して研修したいと心から思います。

 これからは開業医になるわけですが、私はこれまで以上にハードに働くつもり満々です。もちろんこれまで以上に勉強をしてより多くの知識を身に着けて開業医としてのレベルをあげていきたいとも思っています。開業医のライフスタイルはこれまでの大学病院勤務医スタイルとはまったく異なるものかもしれませんが、自分はどこにいっても人生楽しめるタイプなので、開業医の仕事も真剣に打ち込んで楽しんでいきたいと思います。研修医に戻ったつもりで必死にやらなきゃいけないな、と思うとむしろワクワクしてきます。

明日からクリニックの院内研修が始まります。私のビジョンに共感して入ってくれたオープニングスタッフと一緒にいいクリニックをつくっていき、社会に貢献していきたいと思います。常に患者さんの予後を一番よくするクリニック、開業医であり続けたいと思います。

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